buried alive (生き埋め日記)

日々の生き延び・魂の暴れを内省的にメモる。twitter→@khufuou2

ダンスフロアで棒立ち

 友達のNぼんの話をしようと思う。

 

 Nぼんと最初に会ったのは、大好きな作家が開いた読書会だった。海沿いの小さなカフェが会場だった。受付は始まっていたが、開始まではだいぶ時間がある。春の暖かい日で、暑がりなうえにあがり症の私は汗をだらだら流しながら席に座っていた。課題図書は中原中也の詩集で、私は申し訳程度にページをめくったり手帳を取り出したりしていたが、完全に気もそぞろだった。と、同じテーブルに相席していた長い髪の女性が

「ここ、暑いですよね」と微笑みかけてきた。それがNぼんだった。私は少しほっとした気持ちになって、主催者である小説家のどの作品が好きかとか、今回の課題図書の感想とか、こういう会に参加するのは初めてだとか、会が始まるまでの30分間小声でポツポツお喋りをした。楽しくエキサイティングな会が終わった後もしばらく会の感想などを言い合ったりしていたが、せっかくだから近くで一緒にお茶でも飲んで話しますか、ということになった。こういうイベントで近くに居合わせた知らない人と軽く雑談するのは珍しいことではないが、大抵散会と同時に「じゃ」と別れることになるので、Nぼんとの出会いの時のようにいきなりお茶を共にしたり連絡先を交換したりすることはかなり稀である。Nぼんは小説や音楽や詩や映画に詳しくて、話していてすごく楽しかった。中原中也の解説本や動画のリンクも教えてもらった。彼女は都会暮らしで私は山に囲まれた田舎住まいだから2時間程度話してその日は別れたわけだが、帰った後も頻繁にメッセージをやり取りした。Nぼんとはメッセージのやり取りのする時の感覚も奇跡的に合っていて(気を使いすぎなくていい、話が盛り上がるときは盛り上がるけど切り上げるタイミングはお互い好きなように決めるし、沈黙が続いても間があいても互いに平気)、こんな出会いがあるんだな~と思った。

 しばらくして、Nぼんに一緒にライブハウスに行って音楽を聴かないか?と誘われた。大好きなくだんの作家が執筆活動と並行して音楽活動をしていることは知っていたが、私はなにぶん都会的な遊びに苦手意識が強いもので今までライブイベントなるものにはとんと足が向かなかったのだ。でもまあ気になっていたのは確かだし、Nぼんも絶対楽しいよと言ってるし一度行ってみるか、と思って行ったらすごく楽しくてハマってしまった。Nぼんと一緒にくだんの作家氏 (めんどくさいから以降M氏とする) の音楽ライブに何回か行って気づいたことがある。演奏中、多くのお客がほぼ棒立ちなのである。遊びに疎い私でも、ふつう音楽ライブでは客が曲の調子に合わせて踊るものだくらいのことは知っている。おそらく、M氏の小説の読者からスタートした人たちがライブでもメインの客層を占めており、そういう人たちは読書や思索には長けているがライブハウスなどで体を躍動させることに慣れていないのである。私もそのたぐいの人間だから分かる。なにしろ、ライブ開始前の時間に立ったまま文庫本(さっと見渡したところM氏の著書ばかりであった)を読んで過ごしている人だらけなのである。一方、Nぼんは踊りがめちゃくちゃこなれていて格好良かった。棒立ちや、ぎこちなくユラユラ揺れるのが精一杯のオーディエンスの中にあって異彩を放っていたと言ってもいい。あとで何か踊りをやっているのか訊いてみたところ昔からダンスをやるのも見るのも好きだということだった。他にも、日常的にジムなどで運動したり山登りに挑戦したりしていて、体を動かすという行為が自然に生活に馴染んでいる人なのだなと感心した。体を動かすことと立ち居振る舞いとが精神と密接に繋がっていると認識するきっかけをくれたのは、Nぼんである。

 あと脈絡がない上に変な話だが、何回か会ううちにNぼんがめちゃ美人なことに気が付いた。たぶん初対面の時は私の精神がいっぱいいっぱいすぎてジョセイ、ニンゲンぐらいの情報しか処理しきれていなかったんだと思う。生まれもっての人体のパーツの形状がどうとかいうのははっきり言ってどうでもよく、彼女の所作や姿勢の潔さ、精神および身体活動の活発さが美しさに直結しているのだと感じる。

 その他Nぼんの良さとしては、とにかく自由であることが挙げられる。一緒にライブへ行くのに「直前までジム行ってたんだ~」とラフな運動着で現れてそれがまた格好良かったり、二人で会っても「わたし、ちょっとこっちのほう見てくる」と単独行動を始めたり、共通の友人との用事の後でじゃ、このあと食事でも行きますう?みたいな雰囲気のときに「わたしこの後寄席に行く予定があるんだ!じゃね!」と颯爽と去って行ったりするので非常に面白い。彼女の自由さから学ぶこともまた多い。印象に残っているのが「友達と飲んでいて、その場の話題が下品でつまらなくなってきたなと察した時点でソッコー帰る。マジで下品な話が好きな人多いよね」と言っていたことである。なんかもう、いいな~!!いいね~!!という感想しかない。そんな彼女を見習って、最近はグループで話していてS?M?とか誰それは愛人を囲っているらしいとかのクソつまらない話題に堕ちてきたらさっさとその場を去るか、あからさまに興味ない感じをだしつつスマホをいじることにしている。確かに精神衛生上とてもいい感じである。