buried alive (生き埋め日記)

日々の生き延び・魂の暴れを内省的にメモる。

かなしい夢を見て目がさめる午前二時半

亡父の夢を見た。家族みんなで二番目に住んだ屋敷にいて、みんな大人で、母は寿司やら餅やらを取り寄せて親戚たちの来訪にそなえていた。何か祝いごとの日らしかった。私が方向音痴だとか、皆んなが海で遊んだ写真が新聞に載ってるだとか、床の間で他愛もない会話をしていた。次兄は何か作業をしにおもてへ出ていった。父は客がくるまで横になるといい、うとうとし始めた。靴を入れたビニール袋が風に触れカサカサいい、あれは何の音だと問う父に靴を入れた袋の音だと教え、水色のクロックスのスニーカーを見せた。疾く来客もがなとおもてへ出ると、次兄が犬十頭ばかりの毛刈りをしていた。刈りとった毛が風に舞い、どの犬も笑っているようだった。目が覚め少しばかり泣いて。

11月24日

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ヨーロッパ文芸フェスティバルに行ってきた。東京の九段下。

トーマス・メレ『背後の世界』についてのトークを聴くのが主目的だったが、ヨーロッパ文芸の出版事情についてのパネルディスカッションも面白かった。

町田康がゲストとして登壇していたが、帰りに本の販売&サイン会をしていた。

行列ができてお釣りの小銭が足りなくなったらしく、最後の方になった私は会計係の職員と、100円玉ないですかあ?あーあった。いち、にい、さん…あ、待って端数は50円でした(ジャラジャラ)みたいなやりとりで手間取っているのを、サインペンを握った町田康が黙って見守っているのが面白かった。

町田康に「中央線で来ましたー!」って言ったら(何回同じこと言うんじゃい)、いつも通り「長野県から」と返してくれ、側にいた職員がまぁ、と少し驚いたら「いつも来てくれるから」と説明し、自ら握手の手を差し伸べてくれた。

しばらく生きていけそうです。

 

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神保町で飲んだウィンナーコーヒー

この靄とかいうやつ、本で読んだことある

10代の頃に沖縄を出てからというもの、本の中でしか知らなかった植物、気候、自然現象などを実際に見たり体験したりして「これむかし本で読んだやつだ!」「ほんとに実在するんだ!」と興奮することが何度もある。

湖面の凍結、寒い朝の霧、霜柱、雪、モコモコの外套を快適に着て歩ける気候が本当に存在すること、毛糸の耳当てや手袋の必要性、白っぽい花弁をはらはらと散らす桜、イチョウなど。

こうして挙げると、やはり温暖な南国生まれだから秋冬の寒さにまつわる事柄が多いようだ。

この時期寒い朝靄の中を車で突っ切って進んでいる時に晴れ晴れとした気持ちになるのは、冷気の爽快さに加え、昔は本で目にするに過ぎなかった事柄が自分の身体感覚・実体験とリンクして外の世界へ向かってひらかれていく感覚が味わえるからであろう。だから冬が好きなのかもしれない。

 

町田康の音楽ライブ 18.11.14 渋谷www

町田康のバンド『汝、我が民に非ズ』の音楽アルバム発売記念ライブを聴きに行った。

今回の会場は渋谷wwwというところで、観客の収容人数は400人ぐらいだったかな。客席は満員だった。

アルバム『つらい思いを抱きしめて』中の曲をメインに、新曲やINU時代の『インロウタキン』という曲などを演奏していた。町田康はなんか英語が書かれたジャケット、スパンコールの十字架がきらめくTシャツ、ジーンズといういでたちだった。

演奏も歌も全体的にかっこよかったです。(ライブに行くの数回めなので感想が雑です) 個人的にはアップテンポな曲が好きです。『スピンク』を歌っているのをみてたら町田さん犬を亡くした時ほんとつらかっただろうな今もやっぱり淋しいんかなとか思って泣けてきてしまった。

歌っている時の格好良さと、ボヤき漫才のようなトークのギャップが面白かったです。T字カミソリの替え刃が高くて俺ら庶民にはつらいみたいなこと言ってたけど内心、イヤイヤあなたは稼いでるからそんなに懐痛まないでしょと思ってしまった。あとはオールナイトライブってのを昔はやってたけど今も催されたら面白いんじゃないかな〜俺は出ませんけどね。と言って客を笑わせてた。他にもなんか色々話してたけど省略。

 

終演後、CD販売とサイン会をやるというので並んだ。2時間ちょい全力で熱唱した後にみんなにサインしてくれるなんて、町田康ほんとファンサービス良すぎるでしょ。ありがたいけど体力的に大丈夫かななんて余計な心配をしてしまった。ほんと講演とかライブとかいっぱいするし、なにかとサインする機会を作ってくれるし、ほんとファンサービスが良いんですよ。もう町田康にサインしてもらった本4、5冊あるもの。

 

で、また「長野県から来ました中央線で来ました」って言ったら「ああ、前もいたね」って返してくれた。「来週の文芸フェスティバルのトークも聴きに行きます」「ライブ最高でした」って言ったらうんうん頷いてくれた。CDにサインもらって、握手もしてもらった。町田康の手はやっぱり温かかった。

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楽しかったが、客席の圧がすごくて緊張して体がバキバキに疲れてしまった。やっぱりもうちょい小さいライブハウスの方が好みだ。

帰りに山手線に乗ったら車両トラブルの影響であり得ないぐらい混んでて死ぬかと思った。

 

兄の家に泊めてもらった。「おまえ町田康のサインぜんぶで何個もってるんだ」とあきれられた。

次の日はロシア料理店行ってマトリョーシカ買って帰った。

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ボルシチ

 

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シチューのつぼ焼き

 

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ロシアンティー

 

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車窓に並べた

 

おわり

誰にも読まれなかった本 胸に抱いて俺、ひとりLimbusで踊ってた

数多の私小説家が跋扈し人生の奇抜さを競い合い、勝鬨をあげている。

彼らを尻目に、わたしには切り売り出来そうな派手な身の上話、エピソードもない。やり過ごしているだけだ。

パッとしない生活だ。徒手空拳だ。おまえの人生、伏線は永遠に回収されないし、絵にも歌にも小説にもなり得ない。

それでもなお、生きているだけで圧勝。誰がなんと言おうと手ぶらで最終的に圧勝。

悪夢など

こんな夢をみた。北の将軍さまのような独裁者に傅き無理難題を言われ、仲間がいわれなく斬り捨てられたり撃たれたりするのを呆然と見ていた。

あとは武器を持たされて殺し合いを命じられたり。かと思えば糞尿汚物にまみれた空き地を行軍させられたり、酸鼻の極みでいやはやいやはやこれはとてもあんまりだと思っていたら目が覚めた。

 

布団の中で両腕が妙なかたちに強張って痺れており、そんな無理な体勢だったから不快な夢をみたのか、不快な夢をみたから体が妙に力んでしまったのか判然としない。

と、隣で寝ている夫の寝息が荒い。掠れた声で「たすけてくれ」と寝言を言うのが聞こえた。ほかにも何か寝言を言うだろうかと待っていたが、それで終いのようだった。ふたりの真ん中に横たわり安楽そうに寝ている飼い犬をちょっと見たあと、もうイヤな夢を見ないように、手垢まみれのゾウのぬいぐるみをしっかりと抱き直した。こんど夫が魘されていたら起こしてあげようと思う。

 

最近見て楽しいのは、ハンバーガー屋さんとかカフェとかの飲食店に行く夢。目がさめるとガッカリする。

嵐の中の部屋で

疲れてたから思い切ってまとまった休みを取って沖縄に帰ってきているけど、「ちゃんと休めるのかな。ちゃんと開放された気持ちになれるのかな」という不安が頭をもたげてきて、夜あまり寝付けない。休めている気がしない。

台風とか気候変動が精神に作用して、それで気が滅入るのかもしれない。

 

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空港のデッキでビールを飲んだときの写真。屋外でべこべこへこむプラスチックカップに入れて飲むビールはうまい。

 

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茶が三啜りぶんぐらいしか入らない実に瀟洒・典雅なティーカップにぬくい紅茶をいれて飲んだ。

器に液体をいれて飲むのが肝要だ。器に液体が入ってさえいれば物事は成就する。そう祈って。そう言い聞かせて。

 

実に変な小説を読んでいる。冒涜的で支離滅裂で、でも最終的には全てこういうものに行き着くのだみたいな、おさまりかえった気分でもある。

はかがいかない気分のまま休暇を終えて日常に戻り、汚辱と塵芥にまみれて生きていくのか…みたいな気持ちになるのはとてもやりきれない。

 

日記でも書こうか。

 

百貨店で黒いルビーという名前の口紅を買った。

母は靴を、兄は部屋着を買った。

買い物の途中でアナウンスがあり、嵐のため営業は13時で終えると伝えられた。擾乱の予感。

スーパーマーケットでは早仕舞いのため半額値引きのシールが貼られた品物を持った人々が長蛇の列をなす。あんな行列見たことがない。

我々はマニキュアフィンガーという名前の実が細長くて奇妙な葡萄を買い求めた。バスは運休。道には自家用車があふれ、道ゆく人の傘は烈風で無慈悲に裏返る。

空気がぬるい。

薄荷の飴がべたつく。

町田康さんの創作論@さいたま20180922 その①

町田康さんの創作論を聴いたので、内容をメモしておく。

 

1.書くことを始める前に何があったのか

…17才ぐらいの時、人のつてで雑誌に何か書くように頼まれたのが町田さんが初めて文を書いた経験だという。その時は本当に何も書くことがなくて、当時取り組んでいた音楽活動について紙に殴り書きをして編集者に渡したらしい。

「ちょうど音楽関係のイベントを教会でやってて、教会で待ち合わせて原稿渡したのを覚えています。その編集者は僕の書いたやつを読んで実に渋い顔をして、でも半ば自分に言い聞かせるようにイヤ、こういう文が欲しかったんですとかなんとか言ってそれで別れたんですけど。その人なんかしばらくしたら紐育に渡って、数年後日本に帰ってきた時には無気力な人間に変わり果ててました。僕の書いた文のせいだったのかも」

と語り、会場に笑いが起きた。

あとは、20才の時に別の編集者から美術雑誌に何か書くように頼まれ、例によって大して書くことがないから仕方なくまた音楽活動のことを書いたらしい。

そっから10年は何もなくて、30才ごろからまとまった読書をするようになったがその過程で「自分は“書く”側の人ではない」と思ったそうだ。とにかく文章というものについての特別視、畏れの感情が強かったとのこと。

そんな折、こんどは同人誌に日記の連載をすることになったらしい。小説とかは無理だが日記ならなんとか書けると思って引き受けたとのこと。この時、町田さんは“書く”ことの中心を掴んだ。他の執筆者に比べじぶんが一日あたりの日記に費やす原稿の枚数が多いのに気づいたが、

出来事を直截的に記すのではなく、迂回して言葉を連ねる

というところに自らの創作性を見出した。この“迂回”というキーワードは先日山梨で行われた井伏鱒二についての講演でも口にされていて、町田さんが創作する上で重要視していることがうかがえた。町田さん曰く、書くことに対する畏れが言葉を連ねさせるのだと思われる、とのこと。

 

2.なぜ書くことがこわかったか

…素晴らしい文章を読んでしまったので、文章というものは軽々しく書いていいもんじゃない、という意識が醸成された。

読むということは、耳をすますことであり、畏れを抱くこと。じゃあいったいどれくらい読めば文章を書いてもいいのかということになるが、「同時中継はダメ!」と言っていた。

町田さんは文芸賞の審査員として多くの作品を読む機会があるが、文を読まない人の書く作品はカッコよく見せようと取り繕っていてもすぐ分かってしまうそうだ。

「書く時にええカッコするな、読んでないことはすぐバレるから。ちゅうことです」と言っていた。ものを書くとき、時間差、落差を表現していることが大事。奇想天外な着想はあくまでもスパイス。すなわち、物事を受け止めてから自分の中で消化し、アウトプットするまでの時間差が現れた文でなければ面白みは生まれない。

「コメンテーター、評論家にはなるなということです。コメンテーターは特にあかん。あんなん起こったことをただ実況してるだけやんか。悲惨な事件が起こったら悲しいですね〜とか言うて、そんなん見ればわかるっちゅうねんアホか」と、たまに大阪弁で気焔をあげるところが面白くて痛快だ。

 

3.文体の話

…純文学向きの文とエンタメ向きの文がある、という話をしていた。

あとは思考・五感・文章の関係と、面白みのある文というのは単なる意味の伝達が目的でなく、文章そのものが目的であるという文章でなければならないと話されていた。

 

このあといよいよ古典を題材とした具体的な創作についての話が出るのだが、そこはいちばんボリュームのあったトピックでまとめると長くなりそうで、私は今日はもう疲れたのでこんど書きます。

中央線のきもち

大好きな町田康さんがNHKカルチャースクールさいたまアリーナ教室で創作論の講義をするというので聴きに行ってきた。

内容の詳細は書くと長くなるから明日以降まとめる。今回はとりあえず外出の記録だけ。一言でいうと、むっさ面白かった。

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さいたま新都心はビカビカに都会。

ビカビカにシャイニー。田舎者には眩しい。

興奮しすぎて1時間前に到着してしまった。教室に通されて、席が選び放題だったので迷わず最前列の左側に陣取った。日常的に講義を受けていた大学生時代からのお気に入りポジションである。

友人のNさんとも合流。Nさんはやたら小さいミネラルウォーターのペットボトルを持っていて「そんなサイズの水って売ってるんだ。薬とか飲みたい人向けなのかな」などと他愛もない会話をした。

質疑応答の時間に、いの一番に挙手して質問することに成功。町田康さん手ずからマイクを渡して頂き、もうそれだけで幸せになってしまった。

「古典を題材にした物語を書くときに善悪の二元論に陥らないように気をつけているとおっしゃったが、今よりちょっと昔に執筆された、現代が舞台の作品群(『くっすん大黒』とか『きれぎれ』とか)をつくる上でも同様の心配りをしていたのか。主人公が理不尽な目にあってのっぴきならない状況に追い込まれていく、という構図の作品が特徴的だったように思うのだが」

といった感じの質問をしたのだが、緊張して舞い上がっていたので答えをあまり覚えていない。主人公が巻き込まれる「理不尽な出来事」「のっぴきならない状況」を悪とするか善とするかだが、書き手としてはそういう主観を排除してニュートラルに描いたという点で古典題材の作品執筆と同じスタンスだと思います的なことを丁寧に答えてくださった気がする。

他の受講者もつぎつぎと質問していて「英米文学の翻訳家志望なのだが、幅広く色んな作品を読まなければならないと思うと茫洋たる気分になって途方にくれてしまう。こんな私にアドバイスはないか」→全てをカバーしようと思わず、得意分野を持つといいのではないか。プロの翻訳家として活躍している人は、そういう傾向にある。また、わからない・詳しくないことを力を尽くして工夫して表現するところに生じる味わいもあると思う。ていうか、ある意味書くことはすべて翻訳であるみたいなところもあるよね

 

「個を超越して書くことは、書き手が自分である以上難しいように思うのだが」→いったん書いてしまった文章は個を離れるもんなんですよ

的なやりとりをしていて興味深く拝聴した。どの質問にも丁寧に言葉を選んで説明を尽くしていたのが印象的だった。

 

会場では町田康さんの作品をいくつか販売もしていて、講義終了後に希望者はサインを貰えることになった。わたしは『ギケイキ』の文庫版をその場で購入してサインして貰った。他の人もその場で買ったり、あるいは自宅から持参してきたりと各々色んな著書を持っているのが興味深かった。さらりとお礼だけ言う人、今日の講義の感想を伝える人など様々だったが町田康さんはひとりひとりの顔をみて時折頷きながら丁寧に対応されていた。

私は今まで3回ほど都内のイベントに参加してサインをもらう機会があったのだが、いちばん初めのときに「長野県から来たんです」と言ったら町田康さんが「中央線で?」と返してきたのが妙に可笑しくてツボだったんです。交通手段重要か?と思って。

それ以来「長野県から来ました」というと絶対「中央線で?」と返してくださるのが面白くて毎回言うようにしてるんですね。なので今回も「長野県から来ました」と言って本を差し出しました。何か思い出したようで長野県…いやあれは山梨県かみたいな独り言を言いながらサインを書いてくださっているのに被せて「握手してもらってもいいですか?」とお願いしてみると、ああ、はいと少し笑ってペンを置きしっかり手を握ってくださいました。手、あったかかった!感激…。私の手、めちゃめちゃ緊張してたから冷たかったと思う。そして微笑んで目を見ながら優しい口調で「道中お気をつけて」と声をかけてくださったあといたずらっぽく「中央線で。」と付け加えたので、もう嬉しすぎて卒倒するかと思いました。

これは絶対覚えられてるっしょ!!私もういつ死んでもいい!!!

 

描写細かくて気持ち悪くてすみません、それぐらい町田康さんが好きなもので…しばらくこの思い出だけでつらい人生を生き抜こうと思います…。

Nさんも足繁く音楽ライブの方に通っているので「何度かお目にかかったことありますね」的な会話を交わしてました。イイナー。

 

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サインだよ

 

このあと立川の沖縄料理屋で飲みました

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中央線ラブ