buried alive (生き埋め日記)

日々の生き延び・魂の暴れを内省的にメモる。

翻訳勉強の進捗など

ツイッターn回目のアカウント消し。

アカウントがあるままだと、疲れててもついつい覗いてしまって更に疲弊するからね。SNSのアカウントを消して情報を遮断するのは結構気分転換になる。

「みんな勝手なことをごちゃごちゃ言っててうるせえな」と思うようになったら精神が疲れてきたサインなので、一時的にアカウントを消すようにしている。

スマホを見なくなった時間は勉強や本や雑誌の閲覧にあてよう。

何日かして疲れがとれたら戻す。

 

翻訳の課題提出、2回目の添削がかえってきた。評価としては、「どれもかなり正確に訳せてはいるけれど、ところどころで表現の仕方に推敲の余地あり」ということを言われた。たしかに、訳してて途中で疲れるとだんだん精度が下がってくるというか、厳密さを欠いた訳をしてしまうきらいがある。もうこんな感じでいいや、と。

英文を理解して、それを自然な日本語にしてアウトプットする素養を高める必要がある。あと、この文はこういうことを言っているな、という大意を掴んだら気が抜けてしまい細かい形容詞や副詞を訳し漏らしたり、形容詞や副詞などがかかる単語がずれた訳をしてしまうクセも分かってきた。

復習して最後の添削課題に臨もうと思う。

 

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暑すぎて川のせせらぎに浸る犬

 

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昼間食べた冷麺

まどろみ〜〜

昨夜はね、うたた寝をして夢の中でこの世に存在しない本を山ほど読んだぜ。

激烈に面白いなあと思いながらページをめくり字を追ってて、目が覚めてみたら夢だと気付いて残念な感じだった。

いつかあれを書き起こせるだろうか。

 

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松本市のCREAM TEAに行って紅茶とスコーンをいただいた。

ハイビスカスのシロップとグレープフルーツ果汁が入ったアイスティーがめちゃ美味かったので温かい紅茶も試したくなり、ディンブラを頼んだらお腹が水気でガボガボになった。

紅茶&スコーンLOVE…

 

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町田康のエッセイの一節で、心に残っていてずっと読み返したく思っていたのにどの本の文だったかずっと思い出せなくて、心当たりのある著書を全部洗っていたら『テースト・オブ・苦虫 1』の文だったことがわかった。

だらしなく鋤焼きを食いながらしゃきしゃきビジネスの話をする。みたか。これが大人の傍若無人だ。或いは、みなが当然盛り上がるべき席、すなわち、各種パーティーや合コン、温泉旅行などで傍若無人に厳粛にしている。(中略)フロックコートに威儀を正し、山高帽を被ってドイツ語で文学を朗誦する。ラテン語で「船徳」を演る。正座してお薄をいただく。これが男の傍若無人だ。みたか。なめるなっ、痴れ者がっ。

(町田康『テースト・オブ・苦虫 1』「やられるまえにやるまえにやられる」より引用)

このくだりが頭からずっと離れなかったのだ。探し当てることができて、すっきりした。

町田康のエッセイは膨大な数にのぼるうえ、敢えて話の筋を脱線・飛躍させることが多いので探し当てるのにかなり時間がかかった。

はー。しかし私は本当に町田康の文章が好きだな…。

交錯する女たちの生

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むっさ面白い本を読んでいる。

はらだ有彩『日本のヤバい女の子』。

日本の昔話に出てくる女性たちの生を、現代に生きる女性である筆者が時に寄り添い、時に俯瞰しながら読み解いていく趣向の本である。

 

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おかめ、うぐいす女房といった伝承に登場する女性たちの心情を推し量ったり、共感したり、よくわからないところはウーンと考え込んで分析したり、現代女性の立場に投影したり。昔話の女性たちと筆者がほんとに友達同士のように自由におしゃべりしているかのよう。時代を超えてさまざまな女性たちの生が鮮やかに交錯し、女性性の呪縛から解放してくれるような爽快感をもたらしてくれる。

この本の文章は、筆者の視点の移り変わりや連想がほんとうに自由自在で読んでいて楽しい。

 

たくさんの女性がこの本を読むといいなと思う。男性も読むといいと思うけど。男性が読んだらどう感じるのか、性別によって感想は変わるのか気になるところではある。

 

「親を安心させてあげなきゃね」「将来お母さんになるんだから体を大事にね」「女性だったらキッチンにいる時間が長いものですよね」「旦那さんの胃袋を掴むには」「女性は職場の華だから」

昔に比べ性的役割の押し付けとか抑圧とかは改善されてきているのかもしれないが、日常に潜む性的役割のやんわりとした圧力に「んん?今の言葉・扱い、どうなんだ…」とモヤモヤすることも多いと思うんですよ。そんなモヤモヤを抱いたことのある女性にぜひ読んでほしいですね。

「親を安心させるために生きてる訳じゃねーわ!」「子供なんざできてもできなくてもワシの体は大事に決まっとろうがボケ!」「うちの料理担当は夫じゃ!決めつけんな!」「うまい飯が食いたきゃお前も一緒に作らんかい」「うるせー!人の見た目をいちいちジャッジすな」「人間を鑑賞物扱いすんな」と爽快に言い放ち大暴れ、裸足で海に向かって駆けていく活力・パワー・魂のフリーダムを得ることができるかと思いますよ。うくく。

タローの里帰り

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タローの生家へ。

 

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親戚犬の方々。

ブリーダーさんたちはとても気さくで、いつも温かくもてなしてくれる。今日もコーヒー、スパゲティ、サラダ、かき氷をご馳走になった。タローのことを男前で元気いっぱいな性格でとても良いと褒めてくれる。

 

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桃の直売所で桃を買った。お店の人たちは人に対しても犬に対してもフレンドリーで、人間にもタローにも色んな種類の桃を試食させてくれた。オマケの桃を3つもらった。

 

 

これからよろしくな。

ビンテージアクセサリーのウェブショップで、オランダ産のカバのブローチを購入した。

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木製で、とぼけた表情で、右前足だけ貝殻の装飾があしらわれていて愛らしい。

 

このウェブショップのPast things ー Find its place という惹句が良い。

時の流れを経てきたものが、自分自身の新しい場所を見つける。というわけだ。

このカバのブローチもオランダでさぞかしお洒落な生活を見てきただろうに、日本の野暮ったい地方都市の、野暮ったい珍妙な女のもとで暮らさせることになってしまい心苦しい部分がないわけでは無いのだが、このような愛らしいブローチを手もとにおけることになって心がときめいていることは確かだ。

 

誰かが言っていた、ものを一時的に手もとに置くことはできるが、真に自分のものとすることはできない。物でも、人でも。全てのものは預かりものなのだと。

ものを真に所有することはできないという考えは、私を安心させる。

 

一緒に過ごしている間は、せいぜい色んなところに連れて行って、さまざまな風景や出来事や思い出や考えごとを見せてやろうと思う。

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私の次はどんな人のもとで暮らすんだろうね。

ともあれ、しばらくの間よろしく。

初めてフライデーを買ったったったっ

35歳の夢見る中年女性たる私がなんで急にフライデー(中年男性をターゲットとしたやや世俗的な雑誌。芸能ゴシップや半裸の扇情的な女性の写真が多目に載ってたりする)を買ったのか。

本屋でおっさんたちが立ち読みをしている一角に突入するのは勇気が要ったぜ。

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町田康がフォトエッセイの新連載を始めたからでーす

どーん!

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どういう趣向のエッセイかというと、

本誌フライデーは毎週報道写真を掲載していますが、これらの写真をなんの説明もなく50年後の読者が見たら、いったいどんな写真だと思うのか。正しく言い当てられる人は皆無でしょう。報道写真とは、刹那的なものです。本稿は昔の報道写真を見た、町田康氏の脳裏に浮かんだ事実とは無関係の物語を描いたものです。(誌面の注釈をそのまま引用)

おお。虚構フォトエッセイです。私が大好きな『爆発道祖神』を彷彿とさせます。こういう趣向大好き。

 

今回の写真は、上半身裸で乳を放り出したなりの海女たちが舟を押して運んでいる写真。で、文のタイトルが「セクハラ防止訓練」であった。冒頭をちょっとみて、わ。セクハラの話だ。不肖わたくしもセクハラについては色々考えるところがあるのだが、もし万が一町田氏がなんか的外れで俗で良識のない道化を書いていて幻滅するなんてことになったらどうしよう。と、まず心配になった。

ずいぶん失礼なようだが、それぐらいセクハラの件は繊細な問題だ。

で、ハラハラしつつ読み進めたのだが私の心配は杞憂であることがわかった。さすが町田康。セクハラが人権侵害であることをちゃんと明言した上で、話を面白くまとめていてますます町田康が好きになった。

某町ではセクハラ防止フェスを毎年開催していて、その一環として先ほどあげた半裸の海女たちの写真を見てなんといえばセクハラにならないか、というクイズが出ましたよ。てな話だった。重荷をおして懸命に働く海女たちを心からねぎらうような正しい答えは誰にもわからない、で締められていたがみなさんならなんとコメントするのだろうか。

 

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暑い日が続く。ライムソーダを飲んだ。

葬式

なんとなく、葬式ときくと夏を連想する。夏の日差しと黒い喪服に身を包んだ人々の群れは不思議と調和する気がする。

自分の葬式に流してもらう音楽を今のうちに選んでおこうかな、とふと思った。

父の葬式のときは、ブラザーズ・フォアというフォークグループの音楽がずっと流れていた。父はブラザーズ・フォアが好きだったし、私も好きだ。

私は友人が少ないし今のところ子供がいないし親戚づきあいもあまりしてないし、将来死んだ時に葬式を出してもらえるかどうか定かではない。燃えるゴミに出されておしまいかもしれない。でもそれはそれとして、葬式に流してもらう音楽を選ぼうと思ったのだ。夏の暑い日に。

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3年間同じタバコの箱からタバコを吸い続けている。

やっと物心がついてきた

齢35にしてやっと身の回りのことをいろいろ考えたり工夫したりできるようになったというのは、まことに慶賀すべきことである。

生活していて「なんかよくわかんないけど快適じゃない、楽しくない、ダサい…」ぐらいの知覚しかできなかったのが、こうすると快適だ、こう工夫すると生きやすくなる、見た目も良いみたいなことがだんだんわかってきた。

なんといっても大事だなと実感しているのが身繕い。辛口コメンテーターのファッションチェックをクリアする必要はまったくないが、衣服については自分なりの心地よさ・格好良さを追求するのが重要だと思う。去年の夏はかなり精神状態が悪かったのだが、今思い起こせばかなりテキトーな服を着ていた。好きでもない野暮ったい形のジーンズ、ヨレヨレのシャツ、作業服など。最近恥ずかしながらオシャレに目覚めて、気に入った服を少しずつ買い揃えているのだがこれが精神衛生上大変良い。

朝布団でウダウダしていても「きょうはあのカッコいい柄シャツに白いガウチョパンツを合わせよう」と思うと、不思議とすんなり身支度を済ませて会社に向かうことができるのだ。

 

あと、髪型。私は長年顔の輪郭にコンプレックスがあって、顔の輪郭が隠れるような髪型ばかりしてきた。でも今日そんな拘りが吹っ切れて、「自分の顔の輪郭が残念だったところで、それは畢竟どうでもいいことだ」と思い顔の両サイドの髪を三つ編みにしてねじり上げピンで止め、顔の輪郭と額を全部露出した。そのまま1日過ごしたらメチャ快適だった。顔の皮膚が妙に敏感で、垂れてきた髪の毛が頬に触れるたび異様なむず痒さに煩わされていたのが一切なかったし、俯いても髪の毛が気にならない。

いままで自らの顔面に拘って、髪の毛の垂れを我慢していたのがあほらしいぐらい快適だった。これからはピンを活用して髪を適当にまとめあげて暮らし、髪を肩以上の長さに伸ばしていこうと思う。

今までずっと髪の毛の手入れが下手で、短くしても少し伸ばしてもどこか野暮ったいし鬱陶しかった。めんどくさいのは嫌だ、でもなんとか容貌のまずさを誤魔化したいという後ろ向きな願望であれこれ髪型に悩んできたけど、いまは長く伸ばして楽しくアレンジできるようになりたいという前向きな感情を大事にして髪の手入れをしようかなと思っている。

 

そして表情。私の顔は写真写りが良くない。カメラに向かうと「顔がまずい自分なんて、どうせ」みたいな自意識が働いて表情が強張るからだと分析している。表情筋を動かすことに羞恥心が働き、中途半端な表情しか作れない。なので、最近自撮りをして良い感じの表情をつくる練習をしている。これもまた自己肯定感を培うための活動の一環である。

 

容姿や装いに関しては、拘泥は捨てつつ愛着を持って大事に扱うと格段に生きやすくなるなー、と今実感している。

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今年の夏買った、お気に入りの古着。

日々是冒険だぜ。

テレビ番組の懸賞に応募することなんてほぼ無いのだが、「陸海空 こんな時間に地球征服するなんて」という番組の企画の懸賞には衝動的に応募した。

くだんの企画は、ナスDという愛称のTVディレクターが未開地の部族との接触を求めて体当たりで異国を旅するという趣向のもので、大変人気が高かった。

このナスDという人物が非常に特異なキャラクターとモチベーションの持ち主で、とにかく未開の地の文化や人のなかに躊躇せずガンガン飛び込んでいく。得体の知れない食べ物、虫もガンガン食べる。入れ墨に使われる染料のもとである実の汁を全身に塗りたくり紫色の皮膚になる。現地人に交じって不眠不休で働いた末に疲労で転倒昏睡するなどのムチャクチャなアクティブさは異彩を放っており、完全にほかの芸能人たちの旅企画をくってしまっていた。懸賞品というのは、このディレクターがボラ族というこすっからい商業部族にたかられて大量に購入させられた民芸品。この購入量が尋常じゃなくて、アクセサリーとかお守りとかの細々した小物類を数百〜数千個単位、日本円にして10万円はゆうに超えるぐらい買わされていた。懸賞に応募した人全員当選するんじゃないか?と言われていたほどの量である。

私は当選した。嬉しい。

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これが私が貰った民芸品。ブレスレットである。

この冒険企画のいいところは、「言葉が通じなくたって人は分かり合える!みんな仲間!ラブアンドピース」みたいな表層的な綺麗事に終始するのではなく、異国の人々との友情交流のみならず土着の部族の排他性、よそ者への敵意、金儲けのためにムリに物を売りつけてやろうみたいなこすっからさも包み隠さず映して伝えているところである。

そんなディレクターの心意気に感じ入って、私は今回の懸賞に応募したわけなのである。

あの冒険番組の企画を通じて、「とにかく行動を尽くして考えろ、上っ面を撫ぜて満足するな、気になるところはとことん調べてありのままを見届けろ」というアツいメッセージがぎゅんぎゅんに心に突き刺さったので、この懸賞品はかの類稀なるディレクターの活躍と心意気を想起するよすがとして、宝物にするつもりなのである。

服のこと

最近は派手な柄物の服が好きになってきた。自らの着る服の変遷を振り返ると、感慨深いものがある。

服にこだわったところで…と思ってテキトーに作業服とか好きでもない変な形のジーパン着てたころに比べると、自分なりに好きな服を選んで過ごしてる今は段違いに精神状態が良い。どんな服を選んで着るかって重要なんだな。今まで長いこと漫然と服を着て過ごしてきたのだが、惜しいことをした。

きょう生まれて初めてアロハシャツを着たら、思いがけず気分が高揚して楽しかった。ツイッターで似合うと褒めてもらったり、思いがけず他の人と服談義に花が咲いたりした。

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きょうこんなに服について考えるのは、昨日読んだ藤崎彩織さんのエッセイに触発された部分も大きい。彼女は自分の容姿と付き合う上での葛藤を語るにあたって太宰治の『皮膚と心』に触れていたが、私は太宰の『おしゃれ童子』『服装に就いて』という短編も推したい。

いずれも自らの容姿や服装と向き合い試行錯誤し奮闘するさまを軽妙に描いていて、ちょっとユーモラスな味わいのある話である。中学生の頃読んだときは太宰ってオシャレなんだな〜という他人事みたいな感想だったが、いま改めて読むと人々が普遍的に抱く容姿、服装への葛藤や悩みに通じていて興味深い。

 

私は今まで服装なんてどうでもいいやと投げやりになったり、何とかマトモに見えそうな服を選ぼうと躍起になって疲弊したりした時期を経て「好きな服、突拍子もない派手な服を着よう。あとは機能性と快適さ重視」というスタンスに今のところ落ち着いている。