buried alive (生き埋め日記)

日々の生き延び・魂の暴れを内省的にメモる。

人に会えたので良かった

ずっと会いたかった友達2人に会ってきた。

いつ死ぬかわからないので、会いたい人にはどんどん会っていこうと思う。

思い出深い日になりそうだから後で自分で読み返して楽しめるように上手に文章にまとめたいと思ったけど、なんか気持ちが上滑りする感じでうまくいかなかった。仕方ない。

 

 

ドキドキしながら新宿駅の構内で待ち合わせをして、写真では知っていたけど綺麗で涼しい風みたいな女性(Pちゃんと呼ぶ)が笑顔で目の前にいてどぎまぎしてしまった。ロッカーがほぼ埋まっているので空いているロッカーを探して、

最近のロッカーは埋まり状況とかが電光案内板で見れるし、Suicaを使えるしハイテクですごいなぁと思った。

都会の電車はめちゃくちゃ混んでいてぎゅうぎゅうで、私が住む田舎ではこんな事ないから面白くてテンション上がってしまった。私なんかは非日常のアトラクション気分で済むけど、毎日通勤通学でこんな電車に乗る人はほんとに大変だな。

田舎住まいだから都会の駅の名前見るだけでいちいちテンション上がるー、なんて言って笑った。Pちゃんは私も地方暮らしだったからその感覚わかります、と同意してくれた。

歩きながら色々話した。

インドカレーたべて、庭園を見て(ドクダミの花がいっぱい咲いていた、Pちゃんは落ちていたツツジの花を拾って彼氏に見せるのだと言ってカバンにしまった。緑のもみじが日差しに透ける感じが綺麗で好きだと言っていた)、

寄生虫館に行った。

Pちゃんは今までの経歴上寄生虫のことをよく知っていて、横で解説をしてもらいながら観たので興味深く見学することができた。結構衝撃だった。

生肉は絶対食べるまいと心に誓った。

疲れたのでスタバにいって、店内は満席だったから外の植え込みのへりに腰掛けてよもやま話をした。

学生時代の研究のこととか、カバンに普段何いれてるかとか。

すごく心安らぐ時間だった。

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都庁の展望室から見た景色が綺麗だった。夕日がまぶしいねといって笑った。

 

夜はKくんと合流して3人でビールを飲んだ。

花をもらった。ふたりが付き合うきっかけを作ってくれたから、仲人してくれたお礼だという。なんかおもしろかった。そして、ありがたい。

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今回は特急列車のきっぷに都区内有効と書かれていたら一度改札を出なくても都区内の駅になら行っていいということ、

新宿駅は南口とか東口とかいっぱい出口があるけど田舎の小さい駅と違って

目的地によっては出口を間違えたら方向を修正するのが大変だということ、

改札の中のロッカーに預けた荷物をとって出たい場合は駅員さんにいって入場券をもらえばいいことなどを学んだ。

なんか駅のことばっかり言ってるな。

 

人生2回目のシーシャに行ったら久々すぎて吸い方を忘れていて、知ったかぶりで半端に吸ってたら、肺いっぱい吸い込んで吐き出さないとどんどん内部に煙がたまってきて苦しくなる状態になりますよと店の人に教えられた。道理で頭がボーッとするわけだ。危ないところだった。

 

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迷いながらたどり着いたホテル。狭いが寝るだけなので充分だ。

居心地わりと良かったのでまた利用するかもしれない。

でも一度はカプセルホテルにも泊まってみたい。

 

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Pちゃんからもらったお土産。

 

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今回行ったところと全く関係ない駅弁。

 

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東京に行くと絶対買ってしまうお土産。

私は一度気にいると何度でもそれを選んでしまう、保守的なところがある。

 

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花をありがたく飾らせていただく。

 

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都会とのギャップよ

 

マリさんの「ばかげた夢」に寄せて

5月6日の文学フリマ(文芸作品の展示即売会)で

僕の天使マリさんが出した本を戴いた。

タイトルは「ばかげた夢」。

マリさんと私は、お互いのTwitterやブログの投稿をいいなあ、と思っていたことがきっかけで交流がある。

今回マリさんが本を出すと聞いて、

遠方なので頼み込んで一冊送ってもらった。

自宅のポストに投函される音を聞くやいなや玄関に駆けつけ、封筒をあけるのももどかしくページをめくり一気に読んでしまった。

それぐらい繊細で惹きつけられる文章だった。

文章がひとの情緒にもたらす効果について考えずにはいられない。

 

恋とコーヒーとネオン…夜更けの喫茶店を舞台にした、男性客とウェイトレスをめぐる出来事を双方の視点から鮮烈に描いている。

五感を通じて感情が揺さぶられるような、活き活きとした文体だ。

 

(番外編 たまらなくなるもの)

「自分にとっての◯◯なもの」をガーッと列挙していくのは、やる方もみる方もある種のカタルシスが得られる行為だと思う。

清少納言枕草子とかね。

自分にとってのたまらなくなるものはなんじゃろな、と空想して愉しかったですよ。

 

ドリーマー・ドリーマー…ライターの女性である書き手が、姪とテーマパークで遊ぶという出来事を通して

自身の大切な思い出や文章というものへの想いを述懐する。

生活上のなんてことのない出来事にも、自身の言葉や感情を触発するものどもは其処彼処にひそんでいる。

日々のしんどい雑事をやり過ごすべく意図的に死んだ状態にさせていた心の中の柔らかい部分に血が通い、自分にもこういう思い出がある、文章にしたい…という文章欲?が触発されるような一篇だった。

 

読み終わったじぶんは滂沱たる涙を流し、おのれもまた言葉に絆されて、

言葉にまみれて生きていくのだなあ死んでいくのだなあ、と思いましたよ。

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積み上げてきたものをこわす

phaという人の本を読んでいて印象的だったエピソード。

羽生善治さんの将棋の何がすごいかというと、初めからひとつひとつ積み重ねてきた作戦を「あ、これはダメかもな」と思った時点ですべて切り捨て、

全く新しい一手を打つことが出来るところだと。

将棋のなかの話だけではない。

普通の人間の心理として、

過去に自分がコツコツ積み重ねてきたことは容易に否定できないものらしい。

なので、大抵の人は「これまでやってきた事はダメなんじゃないか、もっと新規なやり方のほうが活路を見出せるのでは…」という考えが頭をよぎっても、

今までやってきたことを無駄だと認めたくない心理が働き、

今までのやり方を惰性で続けがちである。

そんな中で、自分が今まで積み上げてきたものをバッサリ切り捨てて新しい道へと踏み出せる人は強い。

そういう話だった。

そうありたいものだ。

 

人間関係について考えていた。

周りの人間すべて好き嫌いのどちらかにハッキリ分けられて、それで付き合う・付き合わないってふるいわけられたら楽なのかもしれないけど、
人間への好悪の情ってもっと曖昧でグレーな感じじゃないですか。深遠ですね。

 

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なんとなく心がざわざわ

去年の終わり頃から連絡が取れなくなった人のことをなんとなく考えていた。

大学生の男の子で、ツイッターやラインで話したことがある。

電話で話したこともある。

ツイッターやラインで話しかけても反応がなくなり、投稿も更新されなくなった。その子のアカウント名で検索してみると、他の親しかった人たちも同じくらいの時期から連絡が取れてないみたいで「どうしたんだろう。大丈夫かな」

と話していた。

アカウントが削除されることはなく、アイコンの写真がたまに変わったりしているからとりあえず生きていて無事なのだ…と思いたい。いつかまた言葉が交わすことができれば良いのだが。

 

メレンゲパイを夫がつくった。

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わたしはいつもこれが食べてみたい、と夫を焚きつける役回りだ。

ほんとはレモンメレンゲパイのレシピだったのだけど、スーパーで国産のレモンが売ってなかったから、デコポンと卓上レモンの果汁で代用した(外国産のレモンの皮を食べるのは抵抗がある。防腐剤、防カビ剤などの影響を考えてしまって)。デコポンメレンゲパイ。

友達にみせて自慢。

お菓子作りと実験は似ているね、という話をした。

 

いっしょに文章を書こうねというお誘いと、本を書いたので送りますという連絡。嬉しい。

 

英日翻訳の課題を解いた。

最初何言ってんだ?という英文が、

ああこういうことを言いたいんだ、と閃いた時は嬉しい。

どう書いたら自然で分かりやすい文を組み立てられるか考えているのが楽しい。

あした答案用紙に清書して投函する。

犬猫と暮らすこと

NHKラジオで犬猫との暮らしをテーマにした放送があって、町田康も出演するというので聴いた。ほかに室井滋坂本美雨、愛護活動をされている方などが出演していた。

ほんとは昼寝をしていてスルーしそうだったのだが、友人が「聴いてる?」とLINEをくれたので

気が向いて、スマホのラジオアプリを急遽ダウンロードしてチャンネルを合わせた(ほんとうに便利な世の中になりましたね)。

内容は犬猫と暮らす日々のよろこびのほか、介護や看取りの問題、捨てられるペットの保護問題など重いテーマも取り扱っていた。

最初は気軽に紅茶とタバコを呑み呑み

なかなか難しいテーマでござあすな、

坂本美雨は飼い猫と結婚式を挙げたらしい、なんかすごいねー

犬猫好きにもいろんな人がいるよねー

などと友人とメッセージをかわしつつ聴いていたのだが聴いているうちに色々考え込んでしまった。

わたしは動物と暮らすなら楽しい思いをさせてやるのが最低限必要だろうなと思っていて、ひとりで生きていても度々落ち込んで死にたくなるような人間が動物と暮らすなんておこがましいのではないかという葛藤がある。

動物に癒してもらおう、動物から利益を享受しよう、じぶんのケアをしてもらおうというのはなんか人間の身勝手という感じがして抵抗がある。

と思っていたら、結びの言葉で町田氏が

「動物から与えられっぱなしじゃなくて、楽しませてもらったり癒してもらったりしたら人間も動物を楽しませたり癒したりすること。ギブアンドテイクです」と述べており、難しいことは置いといてギブアンドテイクの精神で犬と暮らそうと思いました。

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町田氏はほかに「たとえば南極物語とか、動物が人間の犠牲になって死ぬ話はたくさんあるが、人間が動物の犠牲になって死ぬ話は聞いたことがない。そういう話があってもいいと思う」的なコメントもしていて、創作者らしい見解だなと思った。

最近は生きてない

犬とチャーハンのすきまの「頭のなかの青い海」という歌が好きだ

頭の中には青い海が広がっていて、

水面はきらめき、木の葉はそよぎ

いたるところに光満ち溢れ

風は生暖かく

完全な正しさに完全に赦されてみたいな

ビジョン。

頭の中にある風景を大事に抱きしめて

索莫たる日々。

詩が蔑称・嘲りの対象となってしまったのはいつからの風潮。

ぬいぐるみを抱いて寝ないと足が痺れるようになってしまったのは。

バンザイした腕を頭上でクロスさせる寝相はいつから。

わたくしに外見がなくなってしまったのは。

会ったことのない友達が夢の中に何度も出てくるのは。

存在しない言語の辞書をプレゼントされるのは。

人の顔の美醜がわからなくなってしまうのは。

金を無駄につかい、きれいに写真を撮っても頭にはなんも残らず、過食してしまうのが自傷行為の変形にすぎないと知ってしまった時のしらじらしさは。

自分が生きていなくても、この人たちさえ幸せならあとはもう構わないという投げやりな気持ちは。

頭のなかの深い円柱状のプール。

日記しかおいてない図書館。

とにかく静かな場所を。

居場所がない。

つまらない。

笑えない。

しぬ

名古屋へ

私はむかし数年間名古屋市名東区に住んでいた。

しばらく会っていない友人を訪ねて名古屋に行ってきた。

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ショッピングモール、星が丘テラス。

 

栄とか名古屋駅周辺は人が多すぎて萎縮してしまうので、

程よく都会的で閑散としている星が丘テラスは私の憩いの場だった。

三越に入っているアフタヌーンティーリビングで紅茶を飲んで、

雑貨店、ユニクロ無印良品あたりを冷やかして歩くのが定番コースだった。

 

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藤が丘駅は桜が咲き誇っていた。

 

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フレッシュネスバーガーでレモネードを飲む。

 

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お気に入りのラーメン屋、貴楽で鶏白湯ラーメンを食べる。

 

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泊めてくれた友人にはかなりお世話になった。

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猫との微妙な距離感。

 

伏見の科学館には大きくて有名なプラネタリウムがあって、それを見に行った。

係員の説明の声が穏やかで、椅子はとても座り心地がいいので開始後3分で寝落ちしてしまったが、途中で目が覚めた。

古代人が宇宙の成り立ちをどう考えていたのか、現代の科学によって宇宙の謎はどの程度まで解明されてきたのか

神話から最近の宇宙理論まで簡潔に紐解きながら説明していてなかなか良かった

(半分寝てたくせに)

 

人とは、展示コーナーで宇宙ステーションの実験施設の模型を眺めながら

宇宙の話は壮大でワクワクするといった内容のことを話した。

友人はSFのテレビゲームをするのだが

そこには太陽が二つある星や、衛星がすごく近くを通る星などが出てくることを話し、

私は宇宙空間で微生物や動物を生かすと

地上で生かした時と比較してどんな違いが出るのか気になりますと話した。

 

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本郷の憩いのカフェ、ムジコ。

名東区に住んでいた時は毎週のように通いつめていた。

生ハムとアボカドのサンドウィッチ。

紅茶。懐かしい味。

名古屋にきたらまた絶対ここに寄ろうと思ってたので来れて嬉しいです、また来ますと店主に言ったら喜んでくれた。

 

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友人宅では本の話をした。

また色々面白そうな本の情報を教えてもらって嬉しい。

最近本を読むスピードが落ちてきているので、読みたい本がどんどん溜まってきてエラいことです。

神話の力、という対談式の本が特に面白そうだったので取り寄せたい。

英和辞典は電子辞書より紙ベースの方が断然俯瞰で見やすい、という話をした。

 

松本に帰ってきたら、風邪をひいた。

 

 

町田康さんとの読書会 in 大磯 (中原中也の詩集) ④

かいつまんでいうと、

詩人の現実の出来事と作品を短絡的に結びつけずに自由に詩を読もう。

国語のテストにありがちな「この文における作者の意図を考えよ」なんていう問いは笑止千万!

詩よむ時は作者の意図に沿うことに固執せず、

自分で新しい読み方をしてなんぼ!

誰にもできかった自分なりの新しい読み方を見いだせ!それが創造だ!

っちゅうことらしいです。

 

この時点でだいぶ時間がおしてしまい、

あとは駆け足で「言葉なき歌」(詩集『在りし日の歌』より)を読んで

この詩に出てくる「あれ」とは何か。

詩のことか、「もののあはれ」のことか。という問いかけがあった。

 

もうひとつ、ほんとうは『在りし日の歌』に出てくる「曇天」という詩も取り上げたかったのだが…とおっしゃっていたが残念ながら時間が足りず。

たしかに気になる詩である。

黒い旗が何を象徴しているのかとか、

リズムの取り方とか。

 

町田さんの中央大での講演を聴いたときにも思ったが、たぶんこの方はいつでも話すことが沢山あって時間切れになってしまうのである。しかも話は面白いときている。

(私は参加してないが、都内で開かれたカルチャーセミナーの講師をした時も時間切れで最後まで講義できなかったらしい)

町田康さん、願わくばまた中原中也の詩を読む会を開いてください…

90分と言わず4時間ぐらい。

 

一番最後に「四行詩」と、

それに寄せる自身の詩を朗読しておしまい。

中原中也の詩を読むにあたっての

面白い参考書籍も紹介していただき、

かなり濃い時間だった。

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町田さんが中原中也の詩によせて

詩を詠んだ本もあります

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サインもらった。

マジックペンじゃないので見づらいが、よし!

町田さんにサイン書いてもらう時に渡した手持ちのボールペン、宝物にするんだ〜うへへ。

 

余談だが、今回の読書会でたまたま隣の席に座った女性と仲良くなった。

はじめてのイベントに緊張して汗をダラダラかいている私に

「今日ちょっと暑いですよね」と声をかけてくださった方である。

会の開始前にちょこちょこ言葉を交わして、こういう会初めてだと緊張しますよねとか、どういう本が好きですか?

みたいな話をして意気投合し、

散会後少し茶飲み話をして連絡先を交換して帰った。

この方には町田さんの過去の講義のいくつかがユーチューブで視聴できることや、中原中也の参考書についての情報を教えていただいた。ありがたい。

 

以上です。

 

町田康さんとの読書会 in 大磯 (中原中也の詩集) ③

で、いよいよ中原中也の詩を読んでいく訳だが

課題本が二冊もあるし、数をガンガンこなしていくのかなと思いきや

ひとつ、ふたつの詩をかなりじっくり読み解いていく感じだった。

読書会の設定時間はだいたい90分だったが、一時間で4行しか読み進まないというのでみんな大笑いだった。

参加者からも面白い意見や質問が相次いだし、内容の濃い90分だったと思う。

しかし、もっと話が聞きたかったな。

他の詩の話も聞きたかった。

 

まず取り上げられたのが「朝の歌」(詩集『山羊の歌』より)。

私が事前に自分で読んだ時はふーんぐらいに思ってスルーした作品だ。

町田さんによるとこの詩は、中也が初めて小林秀雄に見せた詩であり詩人としてやっていけるぞと確信するに至った詩であるらしい。ここには載せないが、興味がある人は読んでね。

って、私は誰に言ってるんだ。

 

この詩は四行・四行・三行・三行より成るいわゆるソネット形式である。

(はは、ソネットとか洒落たこと言われると鼻で笑ってしまいますけどね。と町田さんは言っていた)

詩を書く上ではその意味に加え字面、目にパッと入ってきた時の印象も重要になってくるため、

一行書いたらその次の行は二文字下げて続けるとか、行間をあけるとか、

どの漢字を使うとか(赤い or 朱い)

随所に作者の意識が行き届いていることを認識した。

 

意味を読み解いていくと、

朝起きて天井が明るい→ああ、戸の隙間から日光が入ってきているのだな

という通常とは逆の順番で描写することにより

臨場感が出ている。

鄙びたる軍楽の憶ひ」は、昔聴いた軍楽の記憶を指し

鄙びたる」は時間・距離両方の隔たりを意味しており、テクニカルな使い方らしい。

詩人はなんとなく書いてるんじゃなくて、細かいところに色々工夫してるんですよ、と町田さんはニヤッとした。

軍楽は、甘いノスタルジアではなく勇ましさ・士気の象徴だと町田さんは解釈しているようだ。

「倦んじてし 人のこころを 諌めする なにものもなし」

のところでは、中也自身の話を急に「人」と普遍化、一般化する尊大さ傲慢さのおかしさ(別に悪い意味ではなく、興味深いねというニュアンス)に言及していた。

 

この詩については他の参加者からこういう点に気づいた、これは何故こうなのかというコメントが結構あって議論が活発になされ

町田さんは「こういうふうに話がしたかったんですよ」としてやったりな感じだった。

語尾を揃えてテンポを整えている点、

視覚→聴覚→嗅覚→ふわっとした感覚

という感覚の推移、句読点の有無などがもたらす効果についての指摘が面白かった。

 

私はさまざまのゆめ、というフレーズが1回目はひらがな、2回目は漢字なのはどういう意図があるのだろうかという旨の発言をした(緊張して手がプルプル震えた。がんばった!)

あなたはどう思われますか、と訊かれたのでひらがなの夢は夜見る夢で、漢字の夢は人が持つ希望という意味での夢かなと思った、と答えたら

町田さんはなるほどねー、と言っていた。他の方は、字面や字数を整えるために使い分けたのではないかと言っていて

それもなるほどと思った。

 

ここで、町田さんは詩を読む際にぜったいに作者の意図に沿って読まなきゃいけないなんてことはなく、自分で新しい読み方をしてもいいんやで、という持論を話されていた。

で、ひとつの詩をしつこく読み込むといろんな面に気づきクリエイティブな読み方ができますよ、てなこともおっしゃっていた。

 

あと1回で終わります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

町田康さんとの読書会 in 大磯 (中原中也の詩集) ②

まずはじめに、今回の話の流れについて説明があった。

 

1.詩人の人物像は知っていた方がいいのか

 

2.詩はどうやって読めばいいのか

 

3.詩はどうやって生まれてくるのか

 

以上3点。

1.については、町田さん自身は詩を鑑賞するにあたってはどうでもいいと思っていると言っていた。

詩人の人物像、例えばどういう境遇にあったか・何年に誰と結婚した・何年に子供を亡くした云々といった事柄にひっぱられると、

作品を鑑賞する際に「この詩は作者の身に起きたあの出来事をもとに書いてるんだな」などと早合点して深く作品を読み込まなくなってしまう。

人はたしかに現実の出来事に影響を受けるものであるが、100パーセントそれだけということはあり得ない。

人間の感性はもっといろんなものが複雑に絡み合って形成されるものだから。

そう言っていてなるほどと思った。

 

「たとえば、中也は愛息子を幼くして亡くしているので

詩の中に死児というフレーズが出てくると読み手は早合点して

ああこの詩は息子を亡くした出来事を表現してるんだ、なんて結論を出しそうになりますが

この死児、というフレーズはじつは中也の息子が亡くなる前から作品中に頻出しているんですよ。

作品というのはそんな単純な出来事だけで判断できるものじゃないんです」

と言っていたのが印象に残っている。

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