buried alive (生き埋め日記)

日々の生き延び・魂の暴れを内省的にメモる。

幻想的な夢

ウサギとカメが夜空を歩いて旅する夢を見た。ふだん見た夢はほとんど忘れてしまうのだが、第三者視点の夢を見るのは珍しいので目覚めても覚えている。多分昼間にミヒャエル・エンデ『モモ』に登場するカシオペイアという名の、甲羅に文字が浮き出るカメのことを考えたのが影響しているのだろう。

海と空には巨大な氷の橋が架かっていた・あるいは氷の柱に貫かれていたのが印象的だった。

 

その前に見たのは独裁者に虐殺される夢だったり、巨大な宇宙エスカレーターの夢だったり、古塔を行軍する夢だったりした。むかし都市部に住んでいたとき通っていた喫茶店もよく夢に出てくる。

実にいろんな夢を見る。

巫山戯たツケがどんどん〜

高円寺で音の洪水に呑まれ、体を揺らしてた。クルクル煌めくミラーボールの光はあまりにも眩しく、耐えられず目を瞑っていても瞼を通して明るく滲むほどだった。私はその夜、全てを手放したい、全てに倦んだ気分だったのだ。とは言え、もうしばらく音楽はいいだろう。

 

クリスマスの夜も更けたころ、食べ時を過ぎて半額になったケーキを求めて夜の街を駆け巡る。しかし昨今のクリスマスケーキの生産・廃棄体制はよほど厳密なようで売れ残りが抑えられているらしく、収穫はなしとのこと。24時間スーパーで買った妙な味わいのピーチティーを飲み、パンとフライドチキンを食らう。他愛もない四方山話をする。明け方にようやくまどろむ。

 

それはそうと、2019年の目標は母を東京ディズニーランドに連れていくこと。あんな混むところなんか、と日頃憎まれ口を叩いていた母が「お母さんディズニーランドを一度みてみたいねえ」とふと漏らしたのは、クリスマスイブに電話をかけた時のことだ。私ももっと若い時は斜に構えて、あんな浮ついたところ…と貶していたのだが母の述懐を聞いて、いいじゃないの。行こうじゃないの。夢の国。と思ったのだ。

「そう、ミッキーの耳の頭飾りもつけてね」「歳とった人がつけてたら周りの人が可笑しがるかもしれないね」などと笑いながら話していて、母と自分の老いを感じて密かにしんみりした。

しかしまあ。こう寒いとすべてを手放してしまえそうな心地になる。2018年の冬、なにもかもパッとしないがとりあえず私はオリオン座のしたに生きてた。巫山戯たツケがどんどん来る。巫山戯たツケがどんどん来る。

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春も秋も夏も冬も嫌いなことに気づいてしまった。気づかないようにして暮らしてきたのに。

仕事に疲れたらブコウスキーの本を読む。ブコウスキーはうまい警句を吐こうと手ぐすねひいている感じが全くしないのが良い。警句を吐かずに心に残る文章を書くのは並大抵のことではないから、すごいと思う。ブコウスキーはめちゃくちゃ読書家で、培ってきた読書経験に裏打ちされてるから難しくないのに奥行きのある文章が書けたんだと思う。

「本を読む人なのか読まない人なのか、書いた文章を読めばすぐにわかる」と町田康が講演の時話してたのを急に思い出したりした。

冬は化粧もせず、本に埋もれてる。

かなしい夢を見て目がさめる午前二時半

亡父の夢を見た。家族みんなで二番目に住んだ屋敷にいて、みんな大人で、母は寿司やら餅やらを取り寄せて親戚たちの来訪にそなえていた。何か祝いごとの日らしかった。私が方向音痴だとか、皆んなが海で遊んだ写真が新聞に載ってるだとか、床の間で他愛もない会話をしていた。次兄は何か作業をしにおもてへ出ていった。父は客がくるまで横になるといい、うとうとし始めた。靴を入れたビニール袋が風に触れカサカサいい、あれは何の音だと問う父に靴を入れた袋の音だと教え、水色のクロックスのスニーカーを見せた。疾く来客もがなとおもてへ出ると、次兄が犬十頭ばかりの毛刈りをしていた。刈りとった毛が風に舞い、どの犬も笑っているようだった。目が覚め少しばかり泣いて。

いいものまみれ

「これいいよ」という情報がありすぎて辟易している。いいものは全てゲットして試さなければいけないみたいな強迫観念に呑み込まれてしまいそうになるが、「いいものかもしれませんが、私は要らないので」という姿勢を保っていたい。

11月24日

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ヨーロッパ文芸フェスティバルに行ってきた。東京の九段下。

トーマス・メレ『背後の世界』についてのトークを聴くのが主目的だったが、ヨーロッパ文芸の出版事情についてのパネルディスカッションも面白かった。

町田康がゲストとして登壇していたが、帰りに本の販売&サイン会をしていた。

行列ができてお釣りの小銭が足りなくなったらしく、最後の方になった私は会計係の職員と、100円玉ないですかあ?あーあった。いち、にい、さん…あ、待って端数は50円でした(ジャラジャラ)みたいなやりとりで手間取っているのを、サインペンを握った町田康が黙って見守っているのが面白かった。

町田康に「中央線で来ましたー!」って言ったら(何回同じこと言うんじゃい)、いつも通り「長野県から」と返してくれ、側にいた職員がまぁ、と少し驚いたら「いつも来てくれるから」と説明し、自ら握手の手を差し伸べてくれた。

しばらく生きていけそうです。

 

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神保町で飲んだウィンナーコーヒー

この靄とかいうやつ、本で読んだことある

10代の頃に沖縄を出てからというもの、本の中でしか知らなかった植物、気候、自然現象などを実際に見たり体験したりして「これむかし本で読んだやつだ!」「ほんとに実在するんだ!」と興奮することが何度もある。

湖面の凍結、寒い朝の霧、霜柱、雪、モコモコの外套を快適に着て歩ける気候が本当に存在すること、毛糸の耳当てや手袋の必要性、白っぽい花弁をはらはらと散らす桜、イチョウなど。

こうして挙げると、やはり温暖な南国生まれだから秋冬の寒さにまつわる事柄が多いようだ。

この時期寒い朝靄の中を車で突っ切って進んでいる時に晴れ晴れとした気持ちになるのは、冷気の爽快さに加え、昔は本で目にするに過ぎなかった事柄が自分の身体感覚・実体験とリンクして外の世界へ向かってひらかれていく感覚が味わえるからであろう。だから冬が好きなのかもしれない。

 

町田康の音楽ライブ 18.11.14 渋谷www

町田康のバンド『汝、我が民に非ズ』の音楽アルバム発売記念ライブを聴きに行った。

今回の会場は渋谷wwwというところで、観客の収容人数は400人ぐらいだったかな。客席は満員だった。

アルバム『つらい思いを抱きしめて』中の曲をメインに、新曲やINU時代の『インロウタキン』という曲などを演奏していた。町田康はなんか英語が書かれたジャケット、スパンコールの十字架がきらめくTシャツ、ジーンズといういでたちだった。

演奏も歌も全体的にかっこよかったです。(ライブに行くの数回めなので感想が雑です) 個人的にはアップテンポな曲が好きです。『スピンク』を歌っているのをみてたら町田さん犬を亡くした時ほんとつらかっただろうな今もやっぱり淋しいんかなとか思って泣けてきてしまった。

歌っている時の格好良さと、ボヤき漫才のようなトークのギャップが面白かったです。T字カミソリの替え刃が高くて俺ら庶民にはつらいみたいなこと言ってたけど内心、イヤイヤあなたは稼いでるからそんなに懐痛まないでしょと思ってしまった。あとはオールナイトライブってのを昔はやってたけど今も催されたら面白いんじゃないかな〜俺は出ませんけどね。と言って客を笑わせてた。他にもなんか色々話してたけど省略。

 

終演後、CD販売とサイン会をやるというので並んだ。2時間ちょい全力で熱唱した後にみんなにサインしてくれるなんて、町田康ほんとファンサービス良すぎるでしょ。ありがたいけど体力的に大丈夫かななんて余計な心配をしてしまった。ほんと講演とかライブとかいっぱいするし、なにかとサインする機会を作ってくれるし、ほんとファンサービスが良いんですよ。もう町田康にサインしてもらった本4、5冊あるもの。

 

で、また「長野県から来ました中央線で来ました」って言ったら「ああ、前もいたね」って返してくれた。「来週の文芸フェスティバルのトークも聴きに行きます」「ライブ最高でした」って言ったらうんうん頷いてくれた。CDにサインもらって、握手もしてもらった。町田康の手はやっぱり温かかった。

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楽しかったが、客席の圧がすごくて緊張して体がバキバキに疲れてしまった。やっぱりもうちょい小さいライブハウスの方が好みだ。

帰りに山手線に乗ったら車両トラブルの影響であり得ないぐらい混んでて死ぬかと思った。

 

兄の家に泊めてもらった。「おまえ町田康のサインぜんぶで何個もってるんだ」とあきれられた。

次の日はロシア料理店行ってマトリョーシカ買って帰った。

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ボルシチ

 

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シチューのつぼ焼き

 

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ロシアンティー

 

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車窓に並べた

 

おわり

誰にも読まれなかった本 胸に抱いて俺、ひとりLimbusで踊ってた

数多の私小説家が跋扈し人生の奇抜さを競い合い、勝鬨をあげている。

彼らを尻目に、わたしには切り売り出来そうな派手な身の上話、エピソードもない。やり過ごしているだけだ。

パッとしない生活だ。徒手空拳だ。おまえの人生、伏線は永遠に回収されないし、絵にも歌にも小説にもなり得ない。

それでもなお、生きているだけで圧勝。誰がなんと言おうと手ぶらで最終的に圧勝。