buried alive (生き埋め日記)

日々の生き延び・魂の暴れを内省的にメモる。

町田康さんの『太宰治を読む』20190710 青山

 2019年7月10日、NHKカルチャーセンター青山教室にて町田康さんの太宰治についての講義を聴いたので感想をまとめます 。
 私は町田康の小説も太宰治の小説も大好きなので、こんなに贅沢な講義は是非に聴講せねばというわけで喜び勇んで出掛けました。 もともとこの講義は2回に分かれていて、残念なことに2回目の分しか受講できなかったのですが1回目は太宰治の経歴の紹介がメインだったとのことで、今回の講義で太宰治の作品群に具体的に触れたお話を聴けたのでよかったです。

 町田さんが開口一番「なんか最近、政治的なことで世間がうわーってなってますけれどもね。普段えらそうにいっぱしの政治論をぶっておきながら、政局の変化におもねって意見をくるくる翻すような輩は今も昔もいる訳ですが、太宰治井伏鱒二といった人たちは、 そういった姑息な姿勢をひどく嫌ったといいます。我々も太宰治に倣い、政治的な喧噪から離れたところで高踏的かつ超然とした姿勢で文学のことを勉強して参りましょう」と澄まして言い、ちょっと笑いが起きました。

 まず、太宰治の作品の特徴を論じる上でポイントとなってくるのが
・キリストに自らを擬する。罪の意識と自己犠牲の精神、それに伴う葛藤。
・“自己の切り下げ”すなわち自分を悪く言い卑下すること。人に攻撃される前に自分を下げてみせること。
とのこと。
 町田さんが提唱する太宰4サイクルというのがあって
苦しみ→自己の切り下げ・道化→キリスト化→逆ギレ
という流れを意識すると太宰の作品は読みやすくなる。
ああ確かに。と思いました。
 ここから、具体的な作品に触れつつの話に入っていきます。たとえば、『乞食学生』。この作品では、内面の葛藤・自己の切り下げ・道化の要素が顕著に見て取れます。果てしない自己言及、果てしない自己の掘り下げも特筆すべきポイントです。『ろまん燈籠 』という、兄弟姉妹たちがリレー小説をつくるという体裁の作品がありますが、ここで町田さんはそれぞれの登場人物たちが原稿用紙 にお話を書き出す前のしぐさについての描写が詳細にわたるうえに ユーモラスである点を指摘していました。これらの描写は、執筆している太宰自身への言及とも捉えられる。また、ユーモラスさや俗っぽさを醸し出すことにより、自己の切り下げも行っている。このへんは私は意識せずただ楽しく読んでいたので、町田さんの説明を聴いて新鮮な感じがしました。

 というふうに、文章の力で自己を切り下げて精神的にひと息つくものの、すぐに自意識や葛藤が頭をもたげてきて苦しくなってきてしまう。この苦しくなってくる太宰の自意識を論じるために町田さんが取り上げたのが『姥捨』。不貞をはたらいた妻とその夫が心中を企てて旅にでるものの結局生き残るという筋書きのお話で、太宰の意識を投影していると思われる夫の内面描写や葛藤が見所です。 不貞をおかしてしまった妻を赦したいけれども、理想に反して感情のところでどうしても赦すことができない。自分が悪かったのだと思おうとするけれども、やっぱり腹立ちが抑えきれない。夫の「みんなおれにはねかえってくる」という述懐がキいています。こんなふうに、キリストになりきれない作中人物ひいては作者である太宰自身の“逆ギレ”が顕著にあらわれた作品であると言える。 そういえば、この『姥捨』で心中失敗直後の夫が水たまりに浸かりつつ身じろぎするくだりが簡単かつ省略的で、 現実っぽさに即してないんじゃないか?と思われるかも知れないが 、小説にこういったことは付きもので、世の中にはそういった描写をあげつらって偉そうにダメ出しをする評論家がいますがハッキリいってそんなのは阿呆ですから!と町田さんが熱弁して、 ハッと我に返って「まあそれは余談ですが」 と苦笑いする場面があったんですが、なんか普段のご自身の創作活動で思うところがあるのかな?なんて思って、 ちょっと個人的に面白かったですね。その他太宰の逆ギレが見て取れる作品としては『狂言の神』が挙げられていました。
 更には、時代が戦後に進むと作風にアンチクライマックスというか “抜け”の要素が入ってくるとのこと(たとえば『トカトントン』)。

ここいらで講義も終盤にさしかかってきますが、最後の方はちょっと駆け足でしたね。
これからも太宰の作品を読み継いでいく意義について語っていましたが、
まず文体がリズミカルで魅力があること。特定の思想をバックグラウンドにしておらず、ひとりびとりの苦しさに誠実に向き合ってい ること。逃れられないエゴイズムと対峙しているところが、現代でも色褪せぬ迫力として我々を惹きつけてやまないのではないか。 とのこと。 そして最後に町田さんは『風の便り』を朗読していたのですが、これが良かった。ふたりの作家の往復書簡集という体裁の作品なのですが、とにかく常に書き続けなければならない、生きているのと同じ速度で。名作を書かなきゃといった功名心に振り回されず、下手だろうが才能が無かろうが駄作だろうがとにかく呼吸するように書き続けることが大事なんだ。といったくだりがあるのですが、これが町田さんが朗読しつつ作家としての自分自身に言い聞かせているように思えて、町田さんの作家としての矜持につながっていることも窺えて、聴いていてなんだかすごく感動しました。

講義終了後、高速バスで松本にとんぼ返りしました。その他空き時間はいろんな人とお会いしたり話したりもできたし、憧れの鹿さんマークのタピオカドリンクを飲めたし、高円寺で古着を買ったり散策したりもできたし、すごく充実した一日でした。