buried alive (生き埋め日記)

日々の生き延び・魂の暴れを内省的にメモる。

町田康さんとの読書会で『前世は兎』を読む①

注)自分で後で読み返して楽しむ目的も兼ねているので、かなり散漫で冗長な文です。

 

神奈川県大磯にて町田康さんと本を読むという夢のような読書会に参加したので、感想を申し上げます。今回の課題本は吉村萬壱『前世は兎』。

自分なりに読んでまとめた感想文はこちらです。

擾乱の気配 - buried alive (生き埋め日記)

 

因みに、一年前に参加した大磯読書会の模様はこちらです。

町田康さんとの読書会 in 大磯 (中原中也の詩集) ① - buried alive (生き埋め日記)

この時の課題本は中原中也の詩集でした。初めての経験で舞い上がっているさまが窺えます…。

 

今回の会場も、海辺がウリの大磯にあるカフェ。海水浴のオフシーズン、春にしては寒く今にも雨が降り出しそうな曇天ということで、どことなく寂れた印象の大磯駅に降りたちます。コインロッカーに大きな荷物を預け、駅前の喫茶店で腹ごしらえ&課題本のおさらいです。

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海辺を散策するには具合の悪い天候なので、ギリギリまでこの喫茶店で過ごしました。

では、会場のカフェへ。

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開場から暫くして町田康さんが黒革のライダースジャケット姿で登場。相変わらずカッコ良かったです。町田さんはどうもどうも、と既に集まり始めた参加者たちに会釈を繰り返しつつ一番前に着席。私は何度か町田康さんのイベントに行っているとはいえ、憧れの人と同じ空間にいるのはやっぱり緊張するな〜、なんて考えながら友人Nさんと話したり課題本のページをめくったり。完全に気がそぞろです。町田さんは開始までの空き時間を使って、ブルボン小林(小説家の長嶋有さんの別名義)が参加する音楽アルバムを流して紹介してました。

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ノリノリのラップ曲が流れる中、参加者たちが背筋をピーンとのばして黙々と課題本を読んでいる光景はなかなかシュールで面白かったです。

 

そうこうしているうちに会が始まりまして、まずは吉村萬壱の作風について触れました。感覚的な、五感に訴えかけるような生々しい表現を特徴とする作家であり、しばしばエゲツない・眉をひそめるような過激さが取り沙汰されるが、もちろん巫山戯てそういう表現をしているわけではなく、彼なりに人間性の本質に迫るための手段が過激な描写である旨説明されました。この時町田さんが

「作家の中にも勘違いしているのがいるが、いかに過激な表現や突飛な表現をするかの競争に血道をあげるのは本末転倒であり、本質を突く手段としてうまくラディカルな表現技法を操ることが肝要」と言ってたのがなんか印象的でした。吉村萬壱の作品はその成功例ということなのでしょう。

今回は合計90分という時間の中で、表題作『前世は兎』を町田さんが60分ちかく解説して、残り時間で他の参加者たちの意見をきくという構成でした。内容の読解に加えて小説的技法についても細かく触れており、非常に興味深かったです。ほんとは他の作品についてもいろいろ掘り下げて話したいことがあったらしいのですが、いかんせん時間が足りず。他作品についてはササッとコメントするにとどまりました。

 

物語は 全体的な兎(平板な世界)⇔個別的な人間(意味と言葉に分断された世界)という対比のもとに進行します。このように、対立する要素を取り入れて話を進めることが物語の骨組みを堅牢なものにするらしい。

以下、ページ数と引用文“  ”を適宜入れて書いていこうと思います。

p.10…“全体から個物を断ち切るのが、言葉というものの機能だからです”

町田康さんの著書『浄土』に収録されている『一言主の神』という短編とリンクするものを感じたそう。確か言葉と具現についてとりあげた話だったと記憶しています。今度読み比べてみよう。

 

p.12…レイプ犯が被害者にはめられて出世をふいにする描写があるのですが、これは人情を回収して読み手に愉悦を感じさせ話を読み続けてもらうテクニックとのこと。悪者が仕返しをされることで読み手の溜飲が下がり好感度の上昇が見込める。正直、自分で読んだときはそこまで意識せず流していたので改めて言われると成る程と思いました。

 

p.14…情愛にほだされた人間の弱さについて。ここで町田さんはパゾリーニの映画を引き合いに出しました。タイトルはちょっと聞き逃したのですが、少年がセックスによって裕福な名家を破滅に導くストーリーの映画があって、そこが主人公の女とかぶる気がするとのこと。なんかその映画の主人公はある意味キリスト的な存在とも言えるみたいに述懐してましたが、ちょっとここは個人的に理解が追いついてないです。もっとじっくり読んでみます。

 

p.17…表現の雑さと緻密さの巧みな配合。雑で突拍子も無い設定や展開と緻密な描写が入り混じっているがために文章に魅力や軽みを生み出している由。

 

p.19…“愛の奇妙さは個人レベルにとどまりません。”

→個人レベルの話から社会レベルの話に。ナショナリズムの片鱗が見え、この作品の危うさとなりうるとのこと。

 

p.21…落ちぶれた人の行く末を書き表す、読者の下世話な好奇心を満たすテクニック。業界用語で言うとNT=ネガティブ+たたみかけ (?)。これで小説に厚みが出る。

 

p.27…爆撃の情景描写の力量を感じ取る。小説のバックグラウンドであり、こういう雑にしちゃダメなところはちゃんとおさえて緻密に書き込むところがさすが。とのこと。一見雑な設定(前世が兎の女)と緻密な場面描写(小学校の描写や爆撃の描写)が互いを引き立てている、その効果をよく味わうべし。

 

町田さんの前半の解説はこんなところでしょうか。私は自分で読んだときは作者が主張したいと思われる話のテーマを専ら考えていて、細かな描写や設定の意義とかは適当に流していた(っていうか考えもしなかった)ので、こんな緻密な技法によって話が成り立ってるんだなーと感じ入りました。

ここまで書いてきていささか疲れたので、後半は後で書きます。