冷たい血のなかで
週末はリフレッシュできたはずだ。
多肉植物に水をやったし、カメには日向ぼっこさせたし、髪を茶色に染めもした。
職場に向かうべく車に乗り込むと、オーディオの出力スイッチを切り替えてiPodをつないだ。
さいきん車のなかではラジオなんか聞かない。「冷たい血のなかで」という曲がたいへん気に入っていて、行きも帰りもそのひとつの曲だけを繰り返し繰り返し聴いている。
どことなくひんやりした感じの曲で、スピーカーから流れ出す音も冷気を含んでいるような気がする。
アイラービューソー、プリーズドンゴー。
アイラビュソーアイラビュソー、プリーズドンゴー。
あなたを愛している、どうか行かないで。
別れの歌だろうか。
でも感情を込めて歌っているのではなく、
音としてきれいだしシックリくるからこの歌詞にしました、みたいな流麗な歌い方だ。
なるべく人を轢かないように運転したが、結局その日轢いたのは老人2、若者1、幼児3、そして猿が1匹。これでもましな方だと思わなければならない。
「おはようございます。」
ボスは毎日、髪を複雑な形に結い上げている。わたしはここに勤めて半年になるが、知る限り一度たりとも同じ結い方をしているのを見たことがない。
ほどくとどれくらいの長さなんですか、とか
それなんて言う結い方なんですか、とか
訊いてみたくないでもないが、ボスの前に行くと無駄口をきこうという気持ちが萎んでしまうのだ、不思議と。
「おはようございます。あなたの今日の予定は、そう、DNAの増幅、電気泳動、赤い培地100まいつくること。金曜に話した通りで宜しく。悪いけど、火曜以降の予定はまだ決めてないんだよね。それは、まあ追い追い話すということで。」
ボスに挨拶したあと、管理係のところに行った。先週出庫したサンプルをまだ報告していない。
管理係の男性は、先週までは金色の縮れ毛を肩まで垂らしていたが今日は黒くてまっすぐにのばした髪をしており、頭の左半分をきれいに刈り込んでいた。
もちろん、その事についてなにかコメントすることはない。
「14本凍結サンプルを使ったんですね。社内システムのリストに出庫記録つけて更新しましたよね?じゃあ、それでいいってことで」
パソコンに向かう横顔は、太いべっこうぶちの眼鏡に隠れているせいで表情が読めない。
あれで、ちいさい息子がふたりいて結構な子煩悩らしい。
午前中けんめいに働いたら、5分で弁当を食べて(わたしはほんとうに食べるのが早いのだ)あとは自分の車のなかで寝ている。
今の時期、暑くもなく寒くもなくてほんとうにちょうどいい。昼休みを切り上げるのが惜しいくらいだ。
っていうか、この時間だけが心の支えで仕事に通ってる。季節が進んでもっと蒸し暑くなったらわたしはどうやって正気を保てばいい?
ああ、死ぬまで午睡の心地よさが続けばよい。ルララ。
アイラビュソーアイラビュソープリーズドンゴー。