buried alive (生き埋め日記)

日々の生き延び・魂の暴れを内省的にメモる。

無数の世界

ツイッターを見ながら、
自分が観測している世界とは全く違う世界を他の人は見ているのかもしれないということを考えていた。
ひとつの世界をみんなで分かち合っているのではなく、生き物の数だけ世界が存在するのかもしれない。


世界というのは単純に場所、時刻だけでは切り取れない。
だから同じ時刻に同じ場所にいたからといって、同じ世界を共有したとは限らない。

例えばひとつの絵を同時に2人の人間がみても、それぞれ全く違うことを考えたりする。ひとりが「この絵が描かれた時代は大飢饉で大変だったらしいな、餓死ってどんなに辛いんだろう」と思っている横で、
もう一人の方は「作風が自分の知ってるあの画家と似てるな、もしかして師弟関係なのかな」と思っているかもしれない。
世界はひとつではなく、無数の世界が干渉しあって今現在があるんだと解釈した方が気が遠くなってフワフワした気分になるのでサイコーだ。