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buried alive (生き埋め日記)

日々の生き延び・魂の暴れを内省的にメモる。

見えてるものを見ようとして~藤子・F・不二雄の容赦なき人間性探究 (其の二)

<本>

見えてるものを見ようとして~藤子・F・不二雄の容赦なき人間性探究 (其の一) - osenpe のブラ・ブラ・ブラフマー日和★

からの続き。

 

3. 『ミノタウロスの皿』

宇宙船の事故により、ひとり異星に漂着した地球人の青年たる主人公。

彼が漂着した惑星はイノックス星と呼ばれ、偶然にも地球と環境がよく似ており、地球人に良く似た知的生命体が生息していた。なんと運がいいことだ。地球からの救助隊が来るまで、ここで世話になるとしよう。

しかし、イノックス星はとんでもない星だったのだ。地球でいうところの「牛」にそっくりな生物が星を支配しており、地球でいう「人間」そっくりな種族は、家畜種・愛玩種・使役種として支配者に隷属する。

(“家畜人ヤプー”を髣髴とさせる設定である。人間と家畜の立場がもし転換したら・・・というモチーフはある種の普遍性を持っている。)

 

最初、はぐれものの頭がおかしい家畜として誤解されてしまった主人公だが、自分がれっきとした地球人であり、イノックス星の家畜種ではないと証明することになんとか成功する。

しかし、いやぁ所変われば品変わる、異文化交流ダネ!とばかりも言っていられない。

というのは、現地で主人公が恋した人型の美しい少女・ミノアもまた家畜であると判明したばかりでなく、なんと彼女、近々にひらかれる “ミノタウロスの大祭” で主役として大皿に載せられる、つまり御馳走として食べられる予定だという。

主人公は愕然としてミノアに問いただす。そんな運命に甘んじるつもりなのか?

おれは愛する人が食べられるなんてイヤだ!

なのに、ミノアやその肉親たちは悲嘆にくれるどころか「大皿に載せられることは、我ら家畜種にとって最高の名誉なのだ」と嬉しげである。

主人公は納得できない。ミノアに、自分と一緒に地球に逃げるよう言い聞かせる。

 

ミノア「悪い事をしていないのに、なぜ逃げるの?」

主人公「だって、ここにいたら食べられちゃうんだぞ!」

ミノア「じゃあ、地球では食べられないの?なんて勿体無い!ただ死ぬだけなんて、なんのために生まれてきたのか、わからないじゃないの。あたしたちの死は、そんな無駄なものじゃないのよ。」

「大勢の舌を楽しませて、大祭史に名を遺すために、わたしたち家畜種は生まれた瞬間から努力し、競争するの。」

 「発育が悪いとみじめな一生よ。並の肉で悪ければ加工肉、もっと悪けりゃ畑の肥料・・・」

 

 二人の話は平行線で、埒が明かない。彼は大祭でミノアが食べられることを阻止するために奔走する。こんな残虐な風習はやめるべきだと、支配階級たる牛型生物の有力者達に説いて回る。彼らは愛想よく礼儀正しく賓客である主人公に応対するが、話は不気味なほどかみ合わない。

 

「残虐というのは、当事者の意志に反して命が奪われる場合のことでしょうが。家畜たちは、供物となるのを栄誉として喜んでいるでしょう。有史以来、食べる者と食べられる者の身分について疑問をもたれた例はかつて無かった。大きな視点で見てくださいよ。食物連鎖の一環に過ぎないのですよ」

「われわれ支配者は、家畜種に住居と餌を与え保護し、家畜種はその愛情に応えて美味しくなろうと努める。上手くいってるじゃないですか」

 

結局、主人公の奮闘の甲斐なく、ミノアは栄誉に酔いしれながら活け造り料理として供される。無力感と喪失感から、閉ざされた宴の扉のまえで膝からくずおれる主人公。場面は変わり、救助船のなかで、「むかえの船がきた」「待望のステーキを頬張りながらおれは泣いた」でモノローグ。

 

この話から感じるのは、正義や倫理観の是非は立場や環境によってガラリと変わってしまうものだという心許なさ、そして異なる正義や倫理観を奉ずるもの同士は、いくら情理を尽くし対話しても、場合によっては絶対分かり合えないのではないかという恐ろしさである。

しかし心許ないなあ恐ろしいなあ、と怖がってばかりいるわけにもいかない。この不安感と折り合いをつけないと、生きるのがあまりにも辛いから。

そもそも、この話を悲しい・やるせない話だと決め付けるのが思考停止の始まりだ。主人公には、そういう文化ならしょうがないね、皆納得しているし。つって異文化を受け容れるという選択肢だってあったのだ。見方を変えれば、主人公は勇敢な人道主義者ではなく、異文化を尊重できない頑迷固陋の輩である。

人間と牛の立場が入れ替わっているだけで、地球でも同じような事がなされているではないか。人間の家畜支配は残虐じゃないのか。倫理的な正当・不当の基準は?

我らにできるのは、とにかく考えて考えて考えて、想像して想像して想像するだけである。

 

<余談>この話は、タイトル通りギリシャ神話の怪物・ミノタウロスの逸話がひと つのモチーフとなっている。神話と違って、勇者様は生贄の少女の命を救うことは無かったわけだが。ギリシャ神話も詳しく読んでいきたいな、と思っているの だが、どうもひとつひとつのエピソードが過度に性的だったり残酷だったりで読んでいて胸焼けがする。うろおぼえだったミノタウロスの話をちょっと調べただ けでこの始末である

 ミーノータウロス - Wikipedia

 ギリシャ神話か・・・どう読むのがいいんだろう・・・

何度か読もうとしたのだが、この神々の乱暴狼藉振りに何の意味があるのじゃあ、ベラはゼウスに首輪でもつけて監禁しとけ、ボケ。などと読むたびに激昂して本をビリビリに破り捨ててしまうため、未だギリシャ神話の読破には成功していない。嗚。